セルゲイ・ラフマニノフ (1873~1943) 交響詩《死の島》の構造分析と自演盤

別稿のように、ラフマニノフが霊感を受けたのはベックリンの油彩画ではなく、M.クリンガーの「死の島(ベックリンの原画による)」という銅版画だった。後に原画を見て明るい色調に驚き「これを見ていたらあの曲は書かなかっただろう」と述べたという。

 

 

画家が、同じ素材(構図も、ほぼ共通で)で複数の絵画を描くことは珍しくないが(例えば、ブリューゲルの「バベルの塔」)、現存する4つの「死の島」の原画のうち、最も明るいのが、四角い城壁状の建物に陽光が反射したように描かれているバーゼル美術館の1880年版。但し、それよりは遥かに暗い他の3枚でも、ラフマニノフに霊感を与えたモノクロの銅版画に較べれば、多少とも明るいわけで、このあたりをいくら詮索しても、曲の手がかりは見つからない。

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重要なのは、静止画から交響詩的な物語を組み立てていったことだ。筆者はメンデルスゾーンの〈フィンガルの洞窟〉の手法を、ショパンの〈バラード・第1番〉のストーリー展開を真似て、大交響詩に膨らませた作品として捉えている。

「島全体が墓地となっている孤島」「その島に、死体を乗せたらしき小舟が向かっていく」「小舟には、人型に見える白い棺桶が立像のように乗せられ、手前の漕ぎ手は亡霊のように暈されている」

この共通したイメージから、ラフマニノフは先ず全体の基礎となる背景として、揺れ動く波を描いた。このあたりは〈フィンガル〉と同じだが、2拍子系ではなく、基本となる拍子をロシア的な5拍子に設定したところがポイント。基本リズムは、チャイコフスキーの〈悲愴〉の第2楽章に倣った①「2+3」だが、これが反復されて安定感を増したところで、逆の②「3+2」に切り替わる。このリズムの反転が、曲想の構造的な変化と直結しているあたりを、お聴き逃し無きよう。

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主調はイ短調で、旋律的な主題としてはホルンによって提示される③が重要。ワーグナー的な指導動機として説明するなら《嘆き》の主題となろう。大きな波動が一段落した後、チェロに新たな主題④aが現れる。これは別稿にあるようにベルリオーズ、リスト、サン=サーンス、マーラー等、ロマン派の作曲家達が死を象徴する記号として用いたグレゴリオ聖歌の④b〈ディエス・イレ〉に由来する。

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曲は3/4拍子⑤に移行するが、オーボエによる③《嘆き》も、ヴァイオリンによる伴奏音型も、実質は6/8拍子。それが名実共に3/4拍子となるラルゴでは、③《嘆き》が、金管群による“弔いのコラール”⑥として荘重に反復され、弦が苦渋に満ちたシンコペーションから3連符へと変わるレチタティーヴォを奏し、情景を一変させる。

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このユニゾンのブリッジは、オペラの場面転換の音楽に該る。ここまでが、『遺骸を安置する墓地としての孤島と、打ち寄せる波』『その孤島に向かう霊柩船』『死と嘆き』という現実の死者や葬送を描いた第Ⅰ幕とするなら、変ホ長調に転じた第Ⅱ幕は、フラッシュバック的な手法で生前を回想した『愛の場面』となる。

 

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