千葉フィル史 第1話

今を去ること13年前。時は1985年の丑年。場所は千葉県千葉市内にある某国立大学。 つまりは千葉大学、の管弦楽団でひそかに事は運んでいた。

二人の男、彼等は大学4年生。 単位さえきちんと取れれぱ、そう取れれば、翌年3月には卒葉できる、いやできるはずであり (ああくどい。だけど人生いろいろあるからね)、そうなると社会人。 音の大きさににだけは自信も定評すもあるこの二人。 活動の場所は極めて限られてしまうはずであった。そこで二人は考えた。 どうにかしなけれぱならないと。妙に前向きで行動力がある太鼓たたきの頭にひらめきが、 イデアがフラッシュのようにきらめいた。「オーケストを創っちゃおうか」。 この一言が千葉フィルハーモニー管弦楽団の原点となった。

さて、この二人は千葉県の某県立高校こと、千葉高と船橋高の出身であった。 (後者は市立ではないですよ。くれぐれも野球が強いとか、サッカーが強いとか、 ああ、あの鈴木大地や鈴木博美の出身校でしょ、なんて勘連いしないように。 卒業生にあまり有名人はいないのだけど、ニュ一スでよく見掛けるNHKの宮田アナウンサーは この学校の出版委員会放送部出身)当時の千葉県にはオーケストラ部がある高校は4校しかなく、 フル編成の(と言っても50人程度ですが)オーケストラを要していたのはこの2校のみであった (残る2校は千葉女子高校と、市立稲毛高校)。 この人脈と千葉大学人脈とを結び付けまずはOBオーケストラという形で楽しんでみようか。 というのが最初の目論見であった。 大変なのは指揮者の人選であったが、 千葉高のOBで従来から千葉高のオーケストラの指導をしていただいていた金子建志先生にお願いする運びとなった。

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