ベートーヴェン (1770~1827) 交響曲第5番 ハ短調 〈運命〉 作品67

 

〈運命〉に於ける「運命主題」

第1楽章 ハ短調 2/4 ソナタ形式 

全体に亙って第1主題=「運命主題」①が畳みかけるように反復される(全512小節中①が関わらない小節を探すほうが難しい)ことは誰にでも分かるのだが、第2主題⑩の低音部にも絡めているあたりは、〈エロイカ〉で実験済みの『明・暗』両刀使いを更に押し進めたことになる。

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案外、忘れられがちなのは〈運命〉は、ベートーヴェンが書いた初めての短調の交響曲だということ。百曲を越えるハイドンの交響曲中、短調の交響曲は 10%程度に過ぎないし、モーツァルトの41曲中、短調の曲は、いずれもト短調の〈25番〉と〈40番〉の2曲だけである。その2曲の場合、第1主題がト短調に固定されているのに対し、第2主題は提示部が同主調の変ロ長調、再現部は主調のト短調と定型どおりに設定されているために、第2主題は『明→暗』と変化し、調的な性格は曖昧だ。

もしベートーヴェンがこれと同じ定型に従ったなら、提示部の第2主題⑩が同主調の変ホ長調なのに対し、再現部は主調のハ短調⑪となるはずだが、ベートーヴェンはハ長調⑪'とした。これによって『第1主題は短調=暗』『第2主題は長調=明』という性格付けが明確になったのである。激しい戦いの音楽がホルン(再現部はファゴット)による信号で中断した後、一瞬にして暗雲が晴れたように清明な長調の世界が広がるという劇的な急転は、提示部でも再現部でも共通することになり、主題どうしの「短調」対「長調」という対立の図式が確定したのである。同時代のヘーゲルの弁証法でいう「テーゼ」対「アンチテーゼ」という図式を音楽で実践したとも言えよう。

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第2楽章 変イ長調 3/8 変奏曲

この楽章で注目すべきはトランペットが先導する副主題だ。それは変イ長調の主題⑫がひとしきり奏でられた後、ppからffの不意打ち的なデュナミークの跳躍に続くC音(ド)のユニゾンを経て、ファンファーレ風に奏される。この革命歌的な⑬は、勝利の到達点としてのハ長調を、山登りでいうなら尾根歩きの途中で、突然、雲が晴れて山頂が見えたみたいに示す効果がある。

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自筆スコアを調べてみたところ、この啓示的なファンファーレを導くド音のコントラバスは、1回目の31小節⑬aよりも、2回目の80小節⑬bをオクターヴ高く書き分けていることを確認できた。千葉フィルの場合、全員が重低音のC1が出る5弦の楽器というわけではないが、それでも、「1回目⑬aがオルガンのペダルのような(チェロのオクターヴ下の)C1の重低音」「2回目⑬bは、(チェロと完全なユニゾンの)C2の、軸の引き締まった低音」というように、ある程度は聞き分けられるはず。当時、既に耳の病が悪化していたベートーヴェンが、自身の聴覚で、その効果を判別できたか否かは不明だが、我々には、それを実践する使命がある。その違いを聴き採って頂ければ嬉しい限りだ。

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「リズム主題」という観点で見た場合、第2ヴァイオリンの⑭やチェロの⑮がそれと判る程度だが、それをミクロとすれば、⑬のトランペットの主題にはマクロの「運命主題」が隠されていると見ることが出来よう。

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