ベートーヴェン (1770~1827) 交響曲第5番 ハ短調 〈運命〉 作品67

 

第3楽章 スケルツォ ハ短調 3/4 3部形式

地底から湧き上がるような分散和音⑯を主題とするこのスケルツォ楽章では、「短調」対「長調」の対比が、「スケルツォ主部⑯=ハ短調」対「トリオ⑰=ハ長調」という形で再現される。チェロはともかく、コントラバス群が同一音型を嵐のように弾きまくるトリオ⑰は今でも圧倒的だが、当時としてはそれがいかに斬新で、かつ、どれほど技術的に高度なものを要求していたかという事を、念頭においてお聴き頂きたい。「象が踊る」という批評は言い得て妙だ。

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なお、この楽章は自筆スコアや、初演時のパート譜をどう読むかで「スケルツォ-トリオ-スケルツォ(弦はピチカート中心)」の3部形式とするか、ダ・カーポを採用して「スケルツォ-トリオ-スケルツォ-トリオ-スケルツォ(弦はピチカート)」の5部形式とするかで議論が絶えないが、筆者はベーレンライター版と同じく3部形式を採る。資料的な裏付けとは別に、この低弦によるトリオ(その中に既に反復があるので、それだけでも何回も聴かされた感じになる)の全体を、そっくりもう一度繰り返すのは『しつこい』という印象を与え、せっかくの斬新さを薄めかねないと思うからだ。

この楽章の「運命主題」は、ホルンの雄渾な吹奏⑱や、よりコンパクトに様々な楽器によって反復される⑲のように3連符型が中心。同時に初演された〈田園〉と同じく、終楽章にはブリッジで直結するが、その長大な登り坂もティンパニによる「運命主題」⑳が先導しているのである。

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第4楽章 ハ長調 4/4 ソナタ形式

冒頭からトロンボーン3+コントラ・ファゴットが低音域に、ピッコロが高音域に新たに加わる。これは、それに伴う音量の増大→弦楽器の増員という形で、オケの規模の拡大をもたらした。交響曲を、貴族の館で演奏できるミドル・サイズのオケから、歌劇場の規模へと拡大したのだ。

モーツァルトのト短調の2曲は、いずれも終楽章は定型どおりト短調で、最後も短調のまま終わる。しかし、ハイドンは短調で始まり、長調で終わる曲を幾つか書いた。その中で最も注目すべきは第45番・嬰へ短調〈告別〉。ウィーンから遠く離れたエスタルハージ家の離宮で生活していた単身赴任の楽員達。その夏期休暇に食い込みそうなスケジュールを組もうとした領主ニコラウス侯に対し、演奏を終えた楽員から退場していくというアイデアで抗議した終楽章のエピソードは名高いが、調性的には長調で閉じられるのも注目される。短調の交響曲を、同主調の長調で終わらせ、そこに社会的・政治的メッセージを籠めるという点では〈運命〉と同じなのだが、ベートーヴェンはハイドンとは比較にならないほど強力な仕掛けを施した。

既に述べたように第3楽章の最後に置かれた長大なクレッシェンドのブリッジの最後(21)では、ティンパニによる主音C=ドと、属音G=ソのペダル音的な持続の上に、先ず下属和音=Ⅳ(ファ・ラ・ド)が重なり、次に属7(ソ・シ・レ・ファ)と変化する。ドとシが半音でぶつかり軋みをあげるその不協和音のエネルギーが極限まで達したところで、フィナーレに突入するのである。

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ベートーヴェンが刺激的に用いた、主和音と属7をぶつける不協和音は〈エロイカ〉第1楽章の394小節~のホルンが名高いが、より過激なのは〈フィデリオ〉序曲のコーダ(22)。この場合も冤罪による政治犯の開放というテーマだから、ベートーヴェンが単なる効果音として、この前衛的な不協和音を使った訳ではなく、社会変革的なメッセージを籠めたのは明白であろう。こうした意図的な不協和音による弓を引き絞るだけ絞って、新しい世界へ向けて、強力な鏑矢を放ったのだ。

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終楽章の「運命主題」は、3連符型も含めて、既出の様々な音型が次々と使われるので特に説明は要るまい。

 

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